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内なる影との関係が人生の質を決めている

みなさん、こんにちは。
カウンセラーの佐原です。

またまた久しぶりの更新になってしまいましたが、

明けましておめでとうございます。

輝かしいオリンピックイヤーが始まりましたね。
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

オリンピックなんて輝かしいことが決定すると一緒に影が濃くなって、予算使いすぎじゃないの?とか猛暑どうなるの?とか運営どうするの?とかあの政治家不正してるよ?などと、様々なものが噴出していましたね。

今日はそのお話をしたいと思います。

ああいったネガティブは、オリンピックという強大な光が呼び込んだ影であり、自然の摂理であって、どうしても無くならないものだということです。

なのでその影にフォーカスして悪者を探したり「日本大丈夫か?」と不安になったり、「オリンピックなんて止めたら良いのに」と憂いだりするのではなく、

何か大きな光を呼び込もうとした時には必ず、同じサイズの大きさの影が現れるのだということ風に見てみてくださいね。

どうも私達はまだまだ、こういった影を批判したり、日本を憂うということをやってしまいがちなのですね。

でも、考えてみると当たり前ですが、影がない光というのは不可能です。

私達は影というものの扱いに馴れなければなりません。

影はダメなものだという信念を持っていると、自分の言動においても影を無くそうとしてしまい、その結果自分の人生に大きな光を呼び込めなくなっていることも多いものです。

行動から失敗を無くすことに注力しすぎて新しいことに挑戦ができなくなっていたり(挑戦するとまず最初は失敗を経験するものです)ちょっと失敗するとやっぱり才能無いんだと諦めて、過剰に影から学んでしまったり、

そうやって影を除外する意識で生きていると、確かに人生に濃い影は無いけれど、またこれといった光も無い、

なんとなく目の前を歩けるだけの明るさはあるが晴れ間のない、曇り空のような人生を生み出してしまいます。

逆に、影と仲良しな人の人生は良いものです。

大きなことを目標をなすことを決意して行動するならば、それは同時に影を呼び込むものだと理解している人の人生は明るいものです。

成功を求めれば必ず、失敗や挫折や古い人間関係上の不調和が起こると知っているので、それが来ても「おー、来た来た。動きいてきた証拠だぞ。」と、自分が行動によって現象界に投げかけたものが作用し始めたことを知って手応えを感じます。

そして影に寄り添い、影(失敗)がもたらした学びを恩恵として受け取って変化を加えたり、

あるいは変えられない自分のどうしようもなさは、ただ受け入れて居場所を与えることで謙虚さに変え、

そうすることで自分の内面の影の強さによって外側の現象界に表れ出る光の強度を支えようとします。

また、

外交性←→内向性

というのも、光と影の法則によるもので、

もっと外交的に明るくならなければ…と思うのであれば、影である内向性を恥じることなくむしろそれを充実させるならば、それは魅力となり、突破の道が開けます。

私達カウンセラーが心理療法を通じて行っているのは、長年恥じて除外し、嫌い尽くしてきた「影」を良きものとして取り戻し、仲直りのお手伝いをすることで、その影を才能として主人格に再統合することです。

そしてそれをユニークなものとして、できることならば表して生きることを提案します。

勇気がいりますがそれをすると、とてもおもしろいことが起こります。

生命力が溢れ、魅力的になるのです。

そしてパートナーができたり、環境が変わったりして人生が動き出します。

周りをよく観察してみるとわかりますが、私達人間は案外、光ではなく影によって惹かれ合い結びついているものです。

逆に影(自分の欠点)を1つ1つ消していった人は、結びつく力を失い、人生の中にダイナミックな動きが生じなくなっていたりします。

それはもったいないことですね。

みなさんは、自分の内なる影とどのような関係を育んでいるでしょうか?

そこに愛とユーモアを持ち込むとどうなるでしょうか?

そしてあなたが求めている光とは何でしょうか?

それを呼び込むためにフォーカスしなければならない影とは何でしょうか?

一度考えてみてくださいね。

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