皆さん。こんにちは。
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
2015年が始まりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
私は年の瀬に風邪を引きまして…、ここしばらくは低調でしたが、ようやく今年も15日ほど経過して本調子が戻って参りました。
今年もよろしくお願いします。
昨年は、カウンセリングやセミナーを通じて沢山の方とのご縁を頂きました。ありがとうございます。
来てくださった方に、「なぜ来てくださったんですか?」と、その理由をお聞きすることがあるのですが、その答えがみなさんとても独特で不思議で(笑)
遊び場ブログの文章を読んでるとなぜか会いに行かないとと思って来ました…、とか。
子育てブログを読んでると、この波長だ!この人のカウンセリングを受けよう!と思いました、とか。
ブログで紹介していたharuka nakamuraさんの曲がとても気に入って…、それでセミナーに来ました、とか。
みなさんとても感覚的な、何か響きのようなものを感じ取って、それで遠くから来てくださったのですね。
そういう感じがとても素敵ですし、嬉しいなと思いました。
ご縁を頂きありがとうございました。
人生のもう1つの側面
話は少し変わりますが、私は20代のある時期、一度ゆっくりと立ち止まって人生を見つめ直したいなと思うことがありました。(そして、実際にそのようにしました。)
自分がちゃんと自分の人生を生きているという感覚が無かったのですね。何かただ流されて生きているような怖さがありました。
世の中の常識的には、仕事をして収入を得て日々を一生懸命生きていけば、それで十分に1人の大人としての役割を全うしたと言えるかもしれません。
でも、私はいくら仕事をしても、仮に成功と呼べる何かを成したとしても、どうしてもそれで人生を十分に生きたとは思えなかったのです。
自分の内側は「何かが足りない。」と言っている。
「そんなものでは十分に生きたことにはならない!」と。
それは、外からは見えにくい、人生のもう半分の側面。
もっと静かで慎ましいがゆえに決して脚光を浴びることはない、人生の大切な側面を取り逃しているぞと、私の内側はそう訴えていたのですね。
その『人生のもう一つの側面』を何と呼んで良いのかわかりませが、シンプルに言うとそれは、
自分の内面ともっと深く関わる生き方。
といったところでしょうか。
私の心の底にはそういうものに対する渇きがあって、昼間の外向きな社会活動のいわばB面として、その生きられないできた内的な側面を生きたいと思いました。
そしてそれを生きるというのは、具体的にどうすることなのだろうかと。
そこにはどんな微細で深い体験があるのだろうかと。
自分の人生を通じてしっかりとそれを味わいたいと思いました。
それが、私がこの人生を全うしたと言うために必要な、人生のもう半分の側面だったのですね。
内的人生を生きる人たち
現在の私はカウンセリングを通じて、様々なクライアントさんの生きた人生のお話しや選択の歴史をお伺いしますが、
そんな中には、私が求めた内面の静かな充実を既にしっかりと生きていらっしゃる方が多いことに驚き、そして嬉しくなります。
ご自分の両親から引き継いだ精神的遺産を自覚してそれを生きる人。
内面が求める憧れのような欲求に従っていくことで展開されていった不思議な人生のお話し。
単なる恋愛関係を超えて、ソウルメイトと呼ぶに相応しいような深い信頼と献身で結びついた関係を生きている人。
そういった内面の物語を伺っていると、なんと人生は深く豊かなものなのかと改めて思います。
外からは見えにくいだけで、そういう内面的な側面をちゃんと生きている人がいらっしゃるのです。
それはこのブログの読者の皆さんにとっても、励みになるのではないでしょうか。
派手なテレビや雑誌のような媒体には載りにくい、捉えにくい豊かさがあるのです。
そして、私達の多くは人生のそういった側面を取り逃がすことなく生きたいと望んでいるようです。
さて、あなたにとってそのもう1つの側面を生きるとは、いったいどういうことを意味するのでしょうか?
それは具体的にどういう活動によって可能なのでしょうか?
ある人にとってそれは、音楽や絵画や文学など、世界中の芸術作品に触れることかもしれません。
ある人にとっては、自分で音楽を演奏することかもしれません。
愛する人との関係を深めることを通じて、存在が溶けてしまうような結びつきを体験することかもしれません。
何か文章や絵を描くことかもしれません。
子供を育てることを通じて自分の慈愛の深さを体験することかもしれません。
犬や猫といった人間以外の愛すべきパートナーと魂の触れ合いをすることかもしれません。
神社仏閣を廻ってスピリチュアルな探求をすることかもしれません。
あるいはそれら、それらのいくつかが必要なのかもしれません。
あなたの外向きの社会活動以外に、人生の内的な側面を生きるにはどのような体験を深めることが役立つのでしょうか?
そこをしっかりと生きることは、あなたの内側のパワーを高めます。
力としての内向性
このブログでは一方で、『繊細さ』や『内向性』というものを生きづらさをつくる病理と見て、それを解消するスキルを提供したいと思っています。
それは私の心理療法家としての仕事であり、実際多くの場合、生きづらさはかなりの割合で解消されていきます。
でも、もう一方でその『繊細さ』や『内向性』というものは決して解消しきれるものではなく、人生の内的側面を生きるための力として、あなたから切り離すことのできないものです。
豊かな精神的側面を生きるための力として、あなた自身がその『繊細さ』と『内向性』を支持していくこと。その力がより強く社会性をもって外側へ発揮されていくように導くこと。
このブログや今後の活動を通じて、そのお手伝いができればと思っています。
ということで、今年もどうぞよろしくお願いします。
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